お侍様 小劇場

   “閑として秋” (お侍 番外編 136)


昔ながらの暦ではとうに秋も始まっていて、
とはいえ 古いお歌や俳句なぞに謡われるほどには、
そうそう秋の気配なんてもの、感じられないのが昨今であったはずが。
今年はいやに早く、肌寒いほどの秋の気配がやって来ており。

 「台風が来ているなんてニュースで訊いて、
  これからが例年だと本番だろうに、
  まだ来ますか、遅まきな奴めなんて思えたほどですしね。」

 「そうそう、私もそれ感じましたよ。」

生け垣代わりのようなそれ、腰高な茂みを挟んで、
お隣りの工房を預かる平八と、
こちらは庭の草むしりをしていた七郎次が、
何てことない世間話なぞ交わしていて。
平八の言いようへ相槌を打った金髪の美丈夫さんが、
甘く垂れた目尻に眉も付き合わせて下げて見せ、

 「とはいえ、
  梨はともかく、栗や葡萄は
  お目見えがちょっと遅いみたいですよね。」

 「日照不足のせいでしょねぇ。」

ご本人はそれほど食いしん坊でもないことは承知。
なのに この残念ぶりようなのは、
ご家族に何か作って差し上げたいらしいのが見え見えで。
上背もあっての、すらりとした頼もしい肢体といい、
優しい造作が麗しいお顔や、温かくて愛嬌のある笑顔といい。
そんな風貌を引き立てる、躾けの行き届いた優雅な所作、
気の利いた話題をさりげなく繰り出せる人懐っこさなどなどと。
ただただ勇ましいだけではダメで、
そんな野蛮な人はちょっとと、むしろ敬遠するよな今時のご婦人がたを
申し分なくうっとりさせる、そんな男ぶりをなさっておいでだというに。

 「久蔵殿が付き合ってくれるので、
  甘いものもたんと食べるようになりましてね。」

どちらかといやお酒を嗜むほうの勘兵衛だけだったらば、
わざわざ自分だけになんてケーキじゃ何じゃまで取り揃えたりはしなかったが、
久蔵が喜んでくれるのでと、
そのご相伴にというノリで自分もちゃっかり乗っかって頻繁に食べるようになり。
今では作るほうのレパートリも広がって、
砂糖で甘く煮て作るコンポートやジャムにも使えるからと、
果物も旬のものを多めに買い込むようになったそうで。

 “いやまあ、
  近ごろでは、料理を作れる男性もおモテだそうですが。”

女々しい方向への評価どころか、
知識や蓄積がないと手が動かないだろうところや、
それをてきぱき自信もってこなすところが、
料理出来ません女子の急増と相俟ってか、
何とも頼もしいなんて言われているそうですしね。

 “でも、シチさんのは、
  そういうのとも一線を画しているような。”

趣味のスタイルとか自分の嗜好のためとかいうのではなく、
あくまでも家族の笑顔が見たいと、
判りやすい反応がなくとも役に立ちたいという気持ちから
手をつけておいでなのだというのが察せられ。
無口で寡黙で ただただ楚々とした人でもない、
結構 闊達だし朗らかなのに、
そういう“仕える”ことを黙々とこなすのがお好きだなんて。

 “これも宝の持ち腐れってやつでしょうかね?”

他愛のない話をあれこれと、
朗らかに交わしていた二人だったが、
そんなところへ届いたのが、
島田さんチの方に誰ぞが帰宅したらしい気配。

 「おや、久蔵殿かな。
  すいませんね、お時間取らせて引き留めちゃったのに。」

こっちから用が出来たなんて話を切り上げてと、
そんな気遣いをくれた美人さんへ、
何を仰せかとかぶりを振って、

 「こちらこそ、楽しかったですよ。」

早く戻っておあげなさいと、
母屋のほうへ視線をやって差し上げて、
それじゃと愛想よく目礼し、庭を突っ切る長身を見送る平八で。

 “お…。”

どこかで きぃきぃと甲高い鳥の声。
あれはモズの高鳴きと言って、
ここに縄張りを張ったぞという宣言らしく。
頻繁に聞かれるようになれば、秋が深まった証拠だと
それもやはり、この佳人から聞いた平八。
才色兼備、気立てもよろしいという、
こんな途轍もない人に寄り添われておいでの勘兵衛や久蔵が、

 “いつかしら、シチさんを見初めた妙齢な女性たちに
  こっぴどくも恨まれなきゃいいんですが…。”

細めた双眸の陰で、こそりと微笑んだのも、
秋の陽の儚さの中では他愛なく誤魔化しきれたのでありました。




    〜Fine〜  14.09.21.


  *そういや、こちらのお話のヘイさんは、
   随分と出てなかったなぁと思い出しまして。
   女子高生たちのお話で
   そりゃあもう大活躍しているのでついうっかり。(こらこら)

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